■ホールインワン・・おもしろ物語

富士市  磯野 久男   

   

過去のホールインワンを思い出してみよう・・・。ゴルフもすっかり枯れてしまったけれどホールインワンのあの一打は枯れても消えない。其の時のスコアーカードを見ながら忘れられない物を思い出して振りかえってみよう。
1972(S47)年4月6日 富士宮GC 1回目
   生涯259ラウンド目


設備クラブと言う27ホールの定例会コンペ。富士、富士宮、沼津等設備に関わりのある愛好者のコンペですが富士宮GCの6番ホールで奇跡は起こった。152Yで7番アイアンで打ったボールはピンに一直線に飛んで2メートルばかり手前に落ちて転がり込んだ。
生まれて初めてのホールインワンだ。ゴルフを始めて2年余りなので先輩からホールインワンが出たら大変だよ〜、金が掛かるよ〜なんて聞いていたので兎に角途方に暮れてしまった・・・。それ以後のホールは沈没・・27ホールは持たなくて18ホールでギブアップだ。さて、当時韓国ツアー全盛の時代で誰もだれもと朝鮮人参を土産に買って来て、この日は昨夜スナックのマスターから戴いた朝鮮ニンジンをスタート前にしっかり飲んでのぞんだ次第、前夜の疲れを振り払う積りで・・・。此れが災いして6番ホールまでスコアーに成らず焦せる気持ちで打ったボールがホールインワンだった。
酒に弱い小生には朝鮮人参でもダメなんだね。
結局ワンハーフ目はクラブハウスで待機、皆の上がるのを待って漸く帰宅だ。
心配は的中した。夜、皆から呼び出されて飲めない酒を飲まされ、しっかり記念品など作って厄払いだ。そう言うものだと思っていたから・・・・。

このホールインワンの話はもっと続く・・。
私のホールインワンの少し前に、ある友人が(名前は言えないがSさん”この日にも参加して居たので〜)大富士GCでエースを達成した時、すっかりジャッキをかって北陸ゴルフ旅行を
(おご)らせた経緯が有った。その時、その仲間と、今度ホールインワンが出たら出た人持ちでゴルフ旅行をする決まりが出来ちゃつた。まさか自分が出るとは思わなかったから大賛成だった・・・。
結局、四国の道後温泉に3泊4日のホールインワン記念ゴルフ旅行と相成った。
約束通り殆ど私持ち・・・。3人で有ったが、3人とも同じ服装を揃え格好付けましたね。たまたま、同じ松山CCで巨人軍の金田選手達がプレーして居て、その模様が夜テレビ放送され、ホテルでは我らも其の仲間と勘違いした様で大変なおもてなし(?)に興じたと言う訳です。
お蔭で帰りは悪天候で松山空港に飛行機が着陸出来なくてホテルに引き返して又ゴルフ・・。一泊余計に成って喜んだり・・・・。
今考えると馬鹿な振る舞いだったと思いますね。ゴルファーたる者、
(おご)ってはいけないし、もっと謙虚で無ければ成りませんね。(今は気を付けて居ります・・・。)

1977(S52)年2月23日 取手新日本CC 4回目
   生涯919ラウンド目


小生の会社の会計士(東京浅草)が主催する定例会27ホールのコンペ。食事をした後の最後の9ホールの2番ホール105Yで起こった。この日は不思議な心境が有った事を忘れない。前の組がパットの最中なのでトイレの用を済ませる時間が有った。戻ってティオフした所、何故か入る様な予感がしたので同伴の計理先生方に其の事を告げて打ったボールが宣言した通りに入ってしまった。宣言して入った事で皆ビックリ・・。後の9回目も同じような心境を味わった事が有りますが、こんな事ってあるんですね・・・?。
このゴルフが何度か週刊誌やゴルフ雑誌に載るきっ掛けに成るのですが、プレーが終ってお風呂に入って居たら「磯野さん・・磯野さん、フロントまでお越しください・・・。」なんて放送されて慌てて跳んでいくとビックリ・・、此処は糸山英太郎が経営しているゴルフ場で「日本ゴルフ新聞」を発行しているので、すぐゴルフウエアーに着かえスイングの写真を撮ります、と言うのです。黙って帰っては困ります・・と言う訳。
後で分かったのですが、キャディーにチップを渡したのがゴルフ場にバレタ様だった。
4回目のホールインワン達成・・・新聞にスコアーカードとスイングの写真が掲載され、これを見たゴルフマガジンや週刊パーゴルフ等に大々的に報道される事に成ってしまいました。
実は、この4回目のホールインワンで週刊誌が取材に来た時は既に7回を達成して居た訳で、週刊パーゴルフの記者が俄かに信じられず「此れを立証できる物が無いか・・・?」と疑っていた。幸い小生、一回目からスコアーカードを一年毎にファイルして保管しておいたので7回までを週刊誌に掲載する事が出来た。
後で聞いた事だが、取材に行っても信憑性が無いものが多いらしい・・。作り話は載せられないと言う訳か・・。お蔭でこの時期1000ラウンドに近いスコアーカードを記者と二人で探り喘いだ事が思い出される。


1977(S52)年4月22日 富士チサンCC 5回目
   生涯9415ラウンド目


山静大会(静岡県と山梨県)で杉田ゴルフの選手として出場した時の出来事です。
同伴者は本県2人、山梨2人のパーテーで昼食が終っての白糸コース1番158Y、6番アイアンで打ったボールがワンピン手前に落ちてスルスル〜と入ってしまった。何時もの事だが打った瞬間から心がカップに吸い込まれていく感じですね。大きいノーズロ(言葉が悪くて御免なさい)と言う感じ。
この日は各チームの応援が盛んで白糸コースの一番は特に大勢の人で賑わっていて一番ホールは大きい歓声に包まれた。
ピンは左のグリーンでしかもグリーン奥の下りに立っている難しい場面であった。
入る時って難しいは関係ないですね。
早い組だったので早々会計を済ませ、表彰式も終わって帰ろうとした所、磯野さん・・未だ会計が残って居りますよ・・、なんで? 仲間が磯野がホールインワンした”それ飲めそれ飲め・・・と言う訳でサインは磯野、に成っちゃったわけ・・。
さて、この時チサンの石川さんと言う営業の方が居て、やっとチサンでホールインワンが出たね。と言う事で白糸一番のティーグランド一周を私の名前の「つつじ」で埋め尽くしてくれた。勿論ホールインワン記念樹だが余り期間が長くない内にティーグランドは改造されて名札は愚か、つつじさえ姿が見当たらなくなってしまった。余り目立つのは好まないので有りがたかった。


1991(H3)年10月26日 大富士GC 8回目
   生涯2425ラウンド目


お取引先のFBCと言う定例会のコンペ。顧客先のお世話に成っている方々と業者のコンペ。何時も上手の人ばかりの組み合わせが定説だが今日は違った。本日筆おろしと言う、まったくゴルフのごの字の分からない様な会社の社員のTさんが同伴だ。会社のコンペ等良くあるパターンですね。教えてやって下さい・・・””と言う感じだ。
大富士GCの4番ホール、117Y、PWでナイスショット・・・。少し登りホールでカップの位置が見えないので入ったのが確認できなかった。右側の小高い丘の上で見ていたキャディーさんが盛んに「入った・・入った」と騒いでいたので半信半疑でピンに近づいたと言う次第。
此のホールインワンがT君にとっては何の驚きでもなければ感激でもないのに此方が驚いたね。「ホールインワン」ってゴルフの一部で何時でも出る物だと思っているらしい〜。
此処で私が書きたい事は、ゴルフの経験の無い人は皆そう思っているのでしょうか〜ね。止って居るボールを打つなんて・・何でそんなに難しいのかな〜、てな感じを持っているのでしょうかね・・・?。
あれから彼も一人前のゴルファーに成って其の意味が分かって居るに違いない・・・。と思います。


1999(H11)年9月10日 リバー富士CC 9回目
   生涯3045ラウンド目


リバー富士CCの協力会(RGK会)と言う定例会コンペ。大きいコンペでしたね。
1999年9月9日、9回目のホールインワン・・と行きたかったね。ホールインワンって実力だ、とかマグレだとか言いますが其れで方付けられない何かが有りますね。
実はこの日は、昨日リバー富士CCで大きいコンペが有って、その時ホールインワンをした人が有って其れに立ち会ったと言うキャディーさんだった。(私も其のコンペに出てました)Mさんとしましょう。彼女は長い事キャディーをしていて初めての経験だとか・・大変興奮して語って居たのだが、今日また私のホールインワンに立ち会い、又また1ケ月して私の友人のホールインワンに立ちあいます。其ればかりか4人目が間もなく出たとかで恐ろしいほどの幸運の持ち主ですね。カリスマと言うか・・神様が付いて居ると言うか・・?。然しMさんはその後病に倒れ会社で会うことは出来ませんでした。近くのお寺のお嬢さん、私は線香を携えてお参りに行って来ました。
この日、リバー富士CCに芝を納入しているとかの方と4人のパーティ、駿河コース1番ホールで2人は右の林の中、1人は左OB、私は真ん中・・、左に打った人のOBボールを探しに行ったのですがなんと、左のカート道路に真新しいボール(ハイブリット)が落ちているではないか・・”、実は私の常用しているメーカーで今日家に忘れてきてしまった物と同じ・・。
其のボール、誰も主が無く結局私が戴いちやった。其のボールが次のホール2番でホールインワンしてしまうのです。
左側のティーグランドから右のグリーンに向かって打つ、ご存じ池越えの短いホール(117Y、PW)。打ったボールはダイレクトで飛び込んでしまった。ぐしゃ〜と鈍い音がして一瞬オーバーして奥の垣根に飛び込んだと思った。
ダイレクトは初めて、良く飛び出さなかったと思うね。
話が大きくなったのはこれからです。パーティーの席でお決まりの挨拶をするのですが何とも1999年9月9日に9回目をしたかった・・云々、と話したのだが、これを聞いていた参加者の中にプロの写真家(リバー富士CCの写真のアドバイザーをして居た方)柳瀬さんと言う方が居られ、このネタを欲しいと言う事になり、又またパーティーが終った後でゴルフウエアーに着かえ現地へ行って写真撮影・・。そればかりか週刊パーゴルフに掲載すると言うので改めて彼の詳細な取材を受ける事に・・・。
流石にプロの写真家、反射板など持ち込んで何枚も撮影する。結局週刊誌など宣伝?が聞いて皆様の知るとことなり、ホテルグランド富士で盛大に祝賀パーティーと言う事に成りました。自分としても、もうこれで出ないだろうと思ってしっかり振る舞ってしまった。保険にも入って居たし・・・。
ホールインワンで私は祝儀は戴かない主義、併しこの日はライオンズクラブのゴルフ部が音頭を執って戴いた会費制の祝賀会と言うことで、参加者の一人ひとりにお返しと思って、夫々の名字の印鑑を制作し印伝のケースに入れてお配りした。


2000(H12)年3月14日 リバー富士CC
 10回目
   生涯3090ラウンド目

もう出ないと思ったホールインワンが半年もしない内に又出てしまった。慌てて保険会社に電話して、保険が継続されて居るか確かめちゃつたね・・・。(一年以内なら何度出しても適用されるらしい・・)
この日は慌ただしく始まった。朝、友人のKさんから、彼の知り合いのT製紙の会長さんがリバー富士CCに行きたいから予約を取ってくれ・・、と電話が掛かってきた。
予約を取ってあげて小生会社で仕事をしていた所に「リバー富士で待っているのに何故来ない・・””」と一喝””・・・。ハプニングはこれから始まった。
な〜んだ、俺とやるんだ・・、と言う事で慌ててゴルフ場へ。二人が富士コースのティーグランドで待っていた。
慌ててティーショット、案の定左にOB、トリプルだ。次が問題の2番ホール。137Y、左のグリーンの奥にピンが見える。心の動揺を抑えながら9番アイアンで打った。ハーフトップ気味?、一直線に飛んだボールはワンピンほど前に落ちるやスルスル〜とホールに消えてしまった。コールオンして戴いた女性3人、私のホールインワンを目の前で見届ける事に成った。
次のホールは池超えのパー4、ホールインワンしたボールをテーアップしたのだが、何となく池に入りそう・・、記念のボールを池に入れては大変と思って傍に居たKさんにボールを貸して戴いた。ニューボールだ。案の定、池ボチャ・・。勘が当たって良かったのだが彼に叱られたね・・。
矢張りホールインワンは心の動揺して居る時か高揚の時に起こるんだ・・・?。
さて昼食、その女性達から割り箸を包む袋に何やら書いたものが届けられた。なんと3人の住所が書いてあった。記念品をとどけて・・・、と言う事。女性達とはお知り合いと言う事もあって、ホテルグランド富士で関係者だけの祝賀会と相成った。
之が知れてか結局皆さんの知るところとなり、またまた記念品を準備することになった。
お陰さまで、今度ホールインワンが出たら飛行機に乗せてあげるよ・・、と孫との約束も果たす事ができ、爺ちゃんの面目を保つことが出来ました。

それにしてもホールインワン、ゴルフの人生に仲間を巻き込み家族を巻き込んだ素晴らしいドラマですね。大勢の仲間が此の奇跡に歓喜し何時果たせるかのエースに向かってピンを狙う・・。ゴルフって素晴らしいですね。

此の時以来ホールインワン保険も75万円から100万円に増額して次なるホールインワンを狙っているが・・・。神様は欲張りの人にご褒美は与えない・・、そんな気がするね。
反省ハンセイ・・。

2013年8月更新

7回目を掲載 9回目を掲載

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